キーパーソン・インタビュー

東京大学名誉教授 神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターセンター長 東京大学薬学部分子腫瘍薬学特任研究員 北村 俊雄 先生
薬の組み合わせによる治療の可能性を
共同研究によって広げていきたい
東京大学名誉教授
神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターセンター長
東京大学薬学部分子腫瘍薬学特任研究員
北村 俊雄 先生

質問1.東京大学医科学研究所とシンバイオ製薬による共同研究はどのような内容のものでしょうか。

シンバイオ製薬のベンダムスチン(トレアキシン®の一般名)、そしてリゴセルチブ、これらの薬の作用機序には非常に興味深いところがあり、ぜひ私たちも一緒に研究させていただきたいと思っていたところです。私の研究室では、現在、血液腫瘍を中心に多くのマウスモデルをつくっていて、そこに薬剤を投与することができますので、ベンダムスチン(トレアキシン®)やリゴセルチブをいろいろなマウスモデルに投与すると同時に、どういう薬と組み合わせるとより効果がでるのかということを、例えばデシタビン(日本未承認)※1とか、アザシチジン(ビダーザ)※2と組み合わせた研究を進めています。

※1:骨髄異形成症候群(MDS)用医薬品
※2:骨髄異形成症候群(MDS)用、急性骨髄性白血病用医薬品

質問2.ベンダムスチン(トレアキシン®)について、新たな適応症への可能性を含めて伺えますか。

まずベンダムスチン(トレアキシン®)についてひと言お話ししたいのは、ベンダムスチン(トレアキシン®)が利用される悪性リンパ腫の治療は、この40年、50年、「CHOP(チョップ)」という治療に頼っておりました。それにリツキシマブを加えて、「R-CHOP(アールチョップ)」という治療法で少しよくなったわけです。そこに、CHOPのかわりにベンダムスチン(トレアキシン®)を入れる「RB」という治療法が開発されて、それが昔のCHOPより、あるいはリツキシマブ+CHOPより優れているということが分かったことは素晴らしいことです。今ではRBが第一選択として、一般的に使われるようになりつつあります。ベンダムスチン(トレアキシン®)の作用機序は、いまひとつ分からないところもありますので、今後それをしっかりと調べていけば、固形がんも含めて、ほかのがんにも使っていける可能性があると思います。我々のマウスモデルでは骨髄系の腫瘍にも効果があることを確認しています。

質問3.シンバイオ製薬がお手伝いする社会連携講座「分子腫瘍薬学」に期待できることとは何でしょうか。

私は長く研究をしてきましたが、アメリカ在住中も含め基礎的な研究が中心でした。15年ぐらい前に、このまま基礎的な研究を続けるのも面白いけれども、私はもともと血液内科医ですし、自分の分野に戻って、造血器腫瘍の研究をしてみようと思いました。
造血器腫瘍の研究において、今までは主にどうして病気になるかを研究していたわけですが、これからは治療面の開発研究も行なっていきます。私たちは、免疫学、細胞生物学、シグナル伝達研究や、新しい方法論の開発など、ほかのグループと比べて多くの分野で様々な経験を積んできました。これらの経験・実績を生かして、造血器腫瘍の研究をしているグループにはできない研究ができるという自負があります。
シンバイオ製薬さんと一緒に共同研究させていただくことで、造血器腫瘍の研究をどう発展させていけるかという点ですが、最近私たちは、デシタビンなどの薬剤の作用機序の解明と併用療法の開発に向けた研究を行なっています。デシタビンは海外で承認されて主にMDSに使われていますが、作用機序は実はよく分かっていません。どういう薬と組み合わせればいいのかということには、みんなが興味を持っているところです。この分野に新しい方法論を導入して、どの薬をどの薬と併用すると非常にいい効果があるかという研究をしています。
我々が利用している研究法の原理の詳細を説明するのは、少し難しいですが、簡単にいうと細胞の中でランダムにいろいろな遺伝子の発現を上げて、あるいは下げて、その細胞に対して薬を投与する。投与されたあとに残っていた細胞を調べると、どの遺伝子があったほうが、その薬に対して抵抗性になりやすいか、あるいはどの遺伝子がなくなると抵抗性になりやすいか、そういったことが分かります。それを調べると、薬の作用機序が分かると同時に、どういう薬と組み合わせればいいのかということが分かってくるわけです。
既存の薬でいくつか研究をしていると、本当に意外な組み合わせで病気が治る可能性が示されることもあります。このような実験を今後、シンバイオ製薬の薬である、リゴセルチブ、あるいはベンダムスチン(トレアキシン®)を中心に行い、併用療法を開発し、薬の投与対象になる疾患をさらに広げていければいいなと思います。

質問4.日本の医薬品開発の今後についてお考えをお聞かせください。

日本で薬の認可が遅いということに関して、私はもともと危惧を持っているのですけれども、そこにも少し貢献できるのではないかと思うことが、先ほどお話しした併用療法の開発です。これは、上市する前の薬で、いろいろな薬と併用効果はどうかということを、マウスモデルでちゃんと調べておければ、新薬を上市する前の臨床試験において、すでに開発されている薬との組み合わせで、臨床試験を行うこともできますし、海外のスピードに追いつくためには、そういったやり方も、1つの方法だと考えています。併用療法の臨床試験を行うに当たっても薬の作用機序を正確に知ることは重要です。

東京大学名誉教授 神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターセンター長 東京大学薬学部分子腫瘍薬学特任研究員 北村 俊雄 先生

質問5.シンバイオ製薬との共同研究を通じて何を達成していきたいとお考えでしょうか。

私自身、7年ぐらい医者の経験があって、患者さんの治療の場面では、苦しんだにもかかわらず、あまり成果が上がらない方、亡くなっていく方をたくさん見てきました。このような薬剤不応性の患者さんに、少しでも副作用が少なく、効果がある治療法を届けることができればと思いますし、そのための基礎研究、応用研究をしていきたいと考えています。

質問6.この度の共同研究の意義や価値をどうお考えですか。

東京大学名誉教授 神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターセンター長 東京大学薬学部分子腫瘍薬学特任研究員 北村 俊雄 先生

長く基礎研究を中心にやってきて、それを人の役に立てるような方向にもっていきたいと思って、新しい抗体作成法を考案して15年ぐらい前にベンチャー企業を創ったことがあります。そのベンチャーでは、がんを縮小させる抗体まではできたのですが、そこから先の企業とアライアンスを組むことができませんでした。本当に役に立つ研究をするためには、最初から企業と共同研究で進めていく方が良いかも知れないと思いました。そういう意味では、今回シンバイオ製薬さんと一緒に開発研究を行うことができるのは、私にとって素晴らしいことですし、今後は人の役に立つ研究にも貢献していきたいと思っています。

質問7.「空白の治療領域の患者さんに薬を届ける」というシンバイオ製薬の理念に対して思うところをお願いします。

空白の治療領域の薬をつくることによって、患者さんのためになりたいという理念がホームページにも書かれていますが、それはちょうど私が今やりたいなと思うことと非常に合致していると思っています。ニッチな領域というのは、どうしても患者さんの数も少ないですし、大手の製薬会社が入っていきにくい部分でもあります。今後、シンバイオ製薬はきっと大きくなっていくと思いますけれども、そういったところをカバーするという理念は素晴らしいと思いますし、そこをお手伝いさせていただきたいので、できるだけ長くこの共同研究の関係を継続させていきたいと考えています。

質問8.新薬を待っている患者さんに対して、今後の研究の中でどのように取り組んでいかれますか。

この超高齢化社会において、白血病に関連するような遺伝子変異を1つだけ持っている造血細胞のクローンが徐々に立ち上がってきて、それがどんどん増えていくという人が、65歳を過ぎると10人に1人はいることが最近分かってきました。こういう人たちは、白血病には10倍ぐらいなりやすいのですが、それ以外にも脳梗塞、心筋梗塞、さらにがんにもそういった人が多くて、クローン性造血があると、がんの人は再発が高くて予後が悪いということが分かっています。
我々の実験結果は、クローン性造血が全身の老化を早めていることを示唆しています。この超高齢化社会において大きな問題だと考え、クローン性造血をわれわれは研究テーマの1つとしています。クローン性造血を持つ人たちが白血病やがん、あるいは脳梗塞に進展しないようにするためには、どういう治療をすればいいかを考えていくことは、すでに発病してしまった人に対しても応用できる可能性がありますので、今後はそういった研究も進めていきたいと思います。クローン性造血の分野でも、シンバイオ製薬さんと一緒にできることがあればいいと思います。