キーパーソン・インタビュー

藤田医科大学 造血細胞移植・細胞療法学 教授 稲本 賢弘 先生
造血幹細胞移植後のウイルス感染症への新薬開発が
日本から進むよう応援したい
藤田医科大学
造血細胞移植・細胞療法学 教授
稲本 賢弘 先生

質問1.稲本先生のご専門についてお話いただけますか。

私の専門は同種造血幹細胞移植です。主に血液の悪性疾患の患者さんに対して、通常の抗がん剤治療で治癒を得ることが難しい場合に、ドナーから提供された造血幹細胞を移植することで、ドナー免疫の力を用いて血液の難病を治すということを専門にしております。

質問2.造血幹細胞移植を行った後のフォローアップについて、一般的な経過や副作用のマネジメントについて教えていただけますか。

同種造血幹細胞移植は、まず、患者さんが持っているもともとの造血を抑制し、体に残っている腫瘍細胞をできるだけ抑えるという目的で、移植前治療を行います。移植前治療は大量の抗がん剤が主ですが、人によっては全身放射線照射も行います。移植前治療をうけると、患者さんは粘膜障害や高度の白血球の減少が起き、一時的に造血が全くできなくなるため、輸血や抗生剤をほぼ連日受けて、その期間をしのぐ必要があります。移植した幹細胞からドナーの造血が回復するまでに通常2~3週間かかります。
造血が回復すると、感染症や粘膜障害はよくなっていくのですが、今度はドナーの免疫細胞が患者さんに反応して、免疫反応がはじまります。この反応があるからこそ、なかなか治らなかった血液の病気が治ることにもなるのですが、その矛先が患者さんの体に向かってしまうと、GVHD(移植片対宿主病)という、患者さんの臓器を障害する合併症になります。したがって、GVHDがひどくなりすぎないように免疫抑制剤を調整して治療を行います。
多くの場合移植後2~3か月でGVHDなどの合併症が落ち着くため、退院して通院ができるようになります。患者さんによってはGVHDが長引く方もあり、これが続くと免疫抑制剤を長期間続けることが必要になります。
また、GVHD以外にも移植治療が引き金となって、糖尿病、コレステロールの異常、造血器腫瘍ではない別のがんが起こる二次がん、白内障、緑内障など、全身にいろいろな晩期合併症が起きることがあります。こうした合併症を適切に管理していくために、ほぼ一生にわたって外来で患者さんをフォローしていくことが大切です。現在は、合併症に関する知識もたくさん増えてきており、きちんとしたフォローを行うことで、患者さんは質の高い生活が維持できます。移植後は病気の治癒だけではなく、生活の質のよさも目標にする時代です。

質問3.フォローアップにおいて、難渋されたことや、何か困ったご経験など、印象的な出来事がありましたら教えてください。

移植後のフォローをしていて困ったり難渋したりすることは時々ありますが、頻度が高いものとしては、前述した長く続くGVHD(慢性GVHD)で、膠原病のような症状がみられます。例えば目が乾く、口の痛みが続く、節々や皮膚が硬くなる、湿疹が治まらず皮膚がかゆい状態が長く続くなど、長期にわたるつらさに難渋することがあります。今、GVHDの新薬が次々と出てきているのは明るいニュースですが、まだまだ進歩が必要な領域である感じています。
もうひとつは、感染症で難渋することがあります。免疫抑制剤のバランスをとっていくなかで、免疫不全の状態が長期にわたって続く治療となるため、細菌感染だけではなく、真菌症といってカビが体に感染を起こしたり、ウイルス感染が起きることがあります。ウイルス感染は免疫力が大きく影響するため、健常の人では問題とならないウイルスが、移植後は活性化して感染症をおこし、長期にわたって問題となる方があります。そうしたことが、今後もっと改善するとよいと考えます。

質問4.移植後のウイルス感染症の種類や臨床症状などの特徴について教えていただけますか。

移植後のウイルス感染症は、様々な種類のウイルスがあります。まず、帯状疱疹ウイルスは神経の分布に沿って皮膚に痛みを伴う水ぶくれのような湿疹がでます。神経痛を起こすのでとても痛いです。現在は移植後の予防薬としてアシクロビルという薬があるため、発症するケースはかなり少ないです。次に、サイトメガロウイルスは、免疫が低下することで潜伏感染していたものが再活性化するという特徴があり、悪化すると肺炎や腸炎を起こすことがあります。こちらに関しても、現在はレテルモビルという有効な予防薬があり、発症する人が少なくなっています。また、治療薬もガンシクロビルやホスカビルという薬があり、感染症を発症しても多くの場合治すことができます。
その次によく遭遇するのがアデノウイルス感染症で、子どものプール熱など、目の結膜炎の原因の1つとして良く知られています。移植後の患者さんの場合は、膀胱や尿路に感染をして出血性膀胱炎を起こすことが多いです。血尿に始まり、排尿するときに痛く、頻尿で、夜もなかなか眠れないとてもつらい症状が出ます。重症化して全身感染に進展すると、命に関わることもあります。アデノウイルス感染症に関しては、現在、まだ日本を含めて世界でも承認された薬剤がなく、発症した場合は、免疫抑制剤を減量して、なるべく免疫力を高めて治す治療方針をとる場合が多いですが、免疫抑制剤の量を下げすぎるとGVHDが悪化するというジレンマと闘いながら、時間をかけて治していくのが現状です。
同様に、膀胱炎を起こすウイルスとしては、BKウイルスもあり、こちらも膀胱炎による血尿が続いて、患者さんがとてもつらい状態になりますが、まだ海外を含めても治療に使える承認薬がなく、今後もっと進歩が必要な領域と考えます。

藤田医科大学 造血細胞移植・細胞療法学 教授 稲本 賢弘 先生

質問5.移植後のウイルスの感染症について現在の課題について教えてください。

移植後のウイルス感染症に関して、頻度が高いものはサイトメガロウイルス、次にBKウイルス、アデノウイルスといったところになるかと思いますが、アデノウイルス、BKウイルスに関しては、現在有効な治療薬が日本を含め世界に存在していません。したがって、こうした治療薬のない領域に対する新薬や、新しい治療法開発の需要が高いと思います。

質問6.シンバイオ製薬の注射剤ブリンシドフォビルが、造血幹細胞移植後のアデノウイルス感染症に対する第II相臨床試験において、Proof-of-Concept※を確立したことについて、先生のご感想やご意見をいただければと思います。

藤田医科大学 造血細胞移植・細胞療法学 教授 稲本 賢弘 先生

ブリンシドフォビルの静脈注射製剤はまだ海外でも承認されていないということで、シンバイオ製薬が主導し、どの用量を使うとよいのかという試験が海外で行われました。そして、そのなかで治療に適した用量が決まり、いわゆるProof-of-Conceptが認められたのは大きな前進と思います。ぜひとも薬剤の承認につながるような次の試験を日本も含めて世界中で進めていただきたいと思っております。

※Proof-of-Concept(POC):新薬の研究段階で構想した薬効を実際の非臨床試験や臨床試験で確認することをPOC/プルーフ・オブ・コンセプトという。

質問7.最後に今後のシンバイオ製薬に対する期待などございましたらお願いいたします。

シンバイオ製薬は血液領域ではベンダムスチンという薬剤を販売されていて、この薬剤はリンパ腫の患者さんの治療には本当に欠かせない薬剤であり、有効性も高くてよい薬剤だと思います。それから、まだ薬剤がなくて開発が必要な領域であるアデノウイルス感染症に関して、現在、ブリンシドフォビルという新薬について世界での開発を担われています。患者数の希少な領域ではあるのですが、世界中で開発要望が高い課題に取り組まれているシンバイオ製薬には、大きく期待していますし、ぜひともそうした開発が日本から進むように応援したいと思います。