CSRの取り組み
社長対談

第2回

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変わってきた医療者と患者のパートナーシップ
吉田
医療提供側がシームレスかつボーダレスで、患者さんに対してパートナーシップをもってサポーティブであることは、とても重要なことだと思います。
私たちも、患者さんに寄り添うかたちで医療者、製薬会社などがオープンでシームレスな関係を築いていくよう心がけています。
この患者さんとの対談シリーズも、その一環として考えています。
シンバイオは患者さんを中心とした事業展開をしており、
私共が直接患者さんの声を聞かせて頂くことは大事なことだと思っています。
岸本
以前と比べ、いまは一患者の意見を医療現場も製薬会社もよく聞いて下いますし、
三者がよりパートナーとしてコミュニケーションをするようになっていると思います。
がんは、それがことに進んでいる分野かもしれません。
吉田
アメリカでは患者さんの声を反映させるということで、
患者さんとのパートナーシップという言葉がよく使われます。
医療提供者も行政、製薬会社もパートナーシップでもって動こういという思いが広がりつつあるように思います。
これまではどちらかというと行政と医薬品会社がやり取りしてきました。
そこに患者さんの声を反映させていこうという考え方が行政サイドにも出てきて、
アメリカでは患者さんの声が非常に強くなっています。
日本でも、私たちが関わっている血液のがんの分野でいえば、
ネクサスという患者さんの団体がすばらしい活動をされています。
そのような組織があって初めて患者さんの声が行政にも届くし、製薬会社も動きます。
先生方も、今まで以上に患者さんの声を聞きながら治療を考えるようになりました。
私どもはもっとプロアクティブに動きたいと願っています。
岸本
確かに、医療提供者と患者の関係は変わってきました。
日本では、1990年代にがんの告知が進み、同時に薬害エイズなどの医療事故や医療過誤の報道もあって、患者の権利意識と当事者意識が高まりました。
しかも、バブル経済後の不況もありコスト意識も高まりました。
2000年代前半くらいまでは患者の声が強くなり、どうかすると医療提供者や製薬会社と対立する構図もありました。
ところが2000年代半ばくらいからは、対立から協働へという流れが出てきました。
よく言われる「よらしむべし知らしむべからず」から、その反動のように
いったんは患者の声が大きくなる方向に振れ、いまは中間くらいのところに戻ってきたのかなと思います。
吉田
この10年で大きく変化をしたことがよく分かります。
岸本
その要因の一つに、医療崩壊があります。患者の要求も大事だけれど、
このままでは治療してくれるお医者さんがいなくなってしまうという危機感が患者に生まれ、医療提供者との間で共有されつつあると思います。
2006年の対策基本法の成立やその施行の過程で、公の委員会に、患者や遺族の代表が参加するようになったのは象徴的です。
行政の意思決定への患者参加は、2000年代半ばからはかなり進んでいます。
吉田
そのような患者さんの声が、
行政にしっかり反映されているとお感じになりますか。
岸本
法律の策定に携わった知人は、不満はあるものの
テーブルに着くことができたのは画期的だと語っています。
私自身も、2011年3月までの2年近く、国立がんセンター(現在の独立法人国立がん研究センター)の臨床試験の倫理審査委員をしていました。
医療職でもなく、法律職でもない一市民、専門知識のない一患者体験者が、
がん研究センターの審査の場に加えられたということに、まず驚きました。
そして、自分も診察を受けたことのある病院の別の部署で、
こんなにたくさんの研究が行われているということに目を見はりました。
さらに、個人情報保護を含めた患者の権利擁護、説明と同意を得る手続きが適切かどうか、さらには説明同意文書の語句が患者の心に与える影響にまで、研究者の方々が心を砕き、時間を尽くして議論している姿に触れ、胸を打たれるともに、私の疑問にも丁寧に対応いただき、ありがたいことだと感動しました。
吉田
いい経験をされましたね。
見えないところで多くの人たちが患者さんのために頑張っている、
多くの裏方の人たちの存在があって新しい医療が開発されているのです。